📚社会学入門
20260722
Ⅰ 社会学の理論はどのようなものか
第1講 理論はなぜ必要かー共通理論なき社会学
- 学問
- 人文科学
- (狭義の)人文科学
- 文学
- 歴史学
- 社会科学
- 政治学
- 経済学
- 社会学
- (狭義の)人文科学
- 自然科学
- 物理学
- 化学
- 生物学
- 人文科学
- 社会学は、社会問題における因果解明する点で、何らかの役にたつ。
- 相関があるか、だけでなく、そこに何らかの因果があるのかないのか。
- 実験は難しい。
- 自然科学は対象がものなので簡単。
- 社会科学は対象が人で、なおかつ集団や地域であったりするので、比較検証が難しい。
- 社会科学の実験の代わりとなる検証方法。
- 方法1、統計的な大量観察
- 方法2、歴史研究
- 過去にあったことを比較の対象とする。
- 社会科学において理論は重要。経済学などそれが浸透している分野もある。が、社会学では理論に関する共通理解があまりない。
- 対象も共通していない。
- 何もないか、というとそうでもないから、社会学は成り立っている。
第2講 「モデル」とは何かー合理的主体モデルの考察
- 自然科学は明らかになったことを学び理解するのが大事。
- 理論的に整地されてるから。
- 社会学は、古典にあたる。
- 似通っているが互いに異なる理論がたくさんあるから。
- 社会科学では、実験が難しいため「モデル」を考え、思考実験をおこなう。
- 経済学の「合理的経済人」のような。
- 単純化して、想定・予想できるものに。
- 市場経済においては、有用ではないかと、単純化できるのではないか、という考えのもと。
- 経済学は、生物進化のモデルをアナロジーとして考えることも。
- 経済学の「合理的経済人」のような。
- 社会学は、モデル化に対して部分的に有効であってもその考え方による基礎づけはできない、と考えている。
第3講 方法論的全体主義というアプローチ
- 経済学での方法論的個人主義の対語としての、方法論的社会主義・全体主義。
- 基本単位を個人ではなく社会とする立場。
- 個人に対して必ず言葉や文化や生活習慣という社会的コンテクストが先行する。よって、この部分は方法論的個人主義では説明しきれない。この説明しきれない部分を社会学では対象とする。
- 社会は、互いに役割の異なる個人が相互に依存しながら成立している複雑なシステムと考える。
- 経済学ではあえて単純化して考えるが、社会学ではそうしない。
- ここまでが、社会学者の中での合意ができていると言っていい部分。
- ここから二つに。社会有機体と、共同行為を可能とする「意味」とか「ルール」といったものを対象とするもの。
- 個人の集まりである社会を一つの個体、と捉える社会有機体説。
- ファシズムに懲りたのと同様、社会有機体説にも懲りることに。
- 個人は社会を構成する全体の部分でしかない、という考えが、全体のためになら個人を切り捨ててもいい、という考えと結びついてしまう。
- どれを全体とするのか?が曖昧。
- 共同行為を可能としているものを対象とする、全体を形式とみなす「形式主義」。
- 個人でも集団でも、情報の担い手として質的には変わらない。
- 全体主義とは一線を画す。
- 個人でも集団でも、情報の担い手として質的には変わらない。
- 個人の集まりである社会を一つの個体、と捉える社会有機体説。
第4講 社会学は何を対象にするかー「形式」への着目
- 社会学では、乱暴だが、社会的に共有される「知識」「情報」という「形式」が秩序を与える、と言える。
- こう捉えると、社会学の固有の対象は「文化」である、と言えなくもない。
- 社会的な存在としての人間の性質は、主として後天的に、学習とコミュニケーションによって刻み込まれる「形式」と考えて。
- こう捉えると、社会学の固有の対象は「文化」である、と言えなくもない。
- 対象が「文化」であれば、人類学と親戚といえ、対象が違うだけ。
- 社会学は文明社会、人類学は伝統社会。これも変わりつつあり、さらにこの二つは近くなってきている。
- コンピュータの出現が、「ハード」と「ソフト」の分離を生んだ。
- 人間のアナロジーとして用いた場合、ハードが人間自身、ソフトが置かれた文化や使う言語、と考えられる。
- となると、社会学の学問としての出発点は、社会的に共有される形式・意味を関心の焦点とした、19世紀末から20世紀初頭。
- ソフトを対象と認識し始めたころ。
- デゥケルム・ウェーバーあたりが原点。